2013-03-05

「英語ができる」という評価を「英語ができない」人がする悲劇

日本では、保育園に入れなかったお母さんたちがデモをしたと思えば、女性国会議員が中絶禁止を唱えたりと、なんだかいやーなニュースが続いているみたい。
保育園とか少子化はほんと難しい問題だよなあ。
個人的に今の政権の間は国はなんともしてくれなくって、地方自治体の努力に依存する形になるのだろうなあと思っている。

そんな中にあって、そこまで深刻じゃないけど、いやだなーと思ったのがこちら。

「アカデミー賞」中野美奈子の現地レポートに非難相次ぐ(ガジェット通信)

いきなりオチっぽいトピックですね!

中野美奈子アナウンサーといえば、慶應義塾大学在学中にサンフランシスコに留学したこともあり、昨年夏のフジテレビ退社後は、医師である夫と共に海外で暮らす予定とも言われていた。ハリウッド俳優に聞き取れない英語で、今後海外でフリーアナウンサーとしてやっていけるのだろうか。
つっこむのもあれだけど、ほんと余計なお世話だし、的外れだよなあ。この文章(笑)
これを読むと海外に住んで一瞬で英語がうまくなった人なのか、そういう経験のない人なのか、どちらかが書いたんだろうなあと思う。


TV中継を見ていたという人たちの反応がここにあった。

【放送事故】元フジテレビ 中野美奈子がアカデミー賞の中継で英語があまりに通じない&下手過ぎ(NAVERまとめ)

こんなかんじで、ものすごい批判が集まっているんだけど、この中で、どのくらいの人が、

英語を学ぼうと努力して、
言いたいことを言えないもどかしさを経験して、
練習するんだけど、それでもやっぱり言えなくって、
ある日突然言いたいことが言えてうれしい、

・・・・みたいな経験をしたことがあるのだろうか、と思ったのであった。

こう書くと擁護しているみたいだけど、そんなつもりはまったくなくて、仕事によって必要な英語のレベルというのは絶対あると思う。
同じ英語でも、たとえば、通訳の人と、翻訳の人と、リポーターの人では、絶対に必要とされるスキルが違う。
その辺の必要とされるスキルが、仕事を遂行するのに問題ないレベルなのか、というのが重要ではないかな。

なので、わたしはこの話題で問題なのは、

サンフランシスコに留学したことがあるらしいから、
英語できるだろうし、
女子アナだったし、リポーターやってもらおう!


って短絡的に「その仕事に必要な英語のレベル・スキル」について考慮もせず、キャスティングを決めた人と、

自信はないけど「英語堪能」キャラだし、
フリーになったばっかりで仕事ほしいし、
アカデミー賞なんておいしすぎるから受けちゃおう!

って決めた本人の甘さだと思う。
(全部推測だけど)

前にも書いたけど、「英語ができる」って、問いかけられた場合にはほんとうに答えに窮するし、とにかく定義があいまいなのである。(参照:TOEIC900点の世界

さらに、問題なのは、その定義のあいまいさを理解していない人が、

「留学(とか長期滞在とか)してるなら英語できるでしょ」
って決めつけてたり、
「英語できるからこれやって」と軽く言ってきたり、
「グローバル人材(笑)だから」とか言って海外転勤を決めたりする

ということじゃないだろうか。

わたしは技術系の超地味ーーーーーーな仕事をやっている会社員だけど、日本にいるころ「英語ができる」という噂のせいで、
全然知らない人にかかってきた英語の電話を全部回されたり、
「広告のアナウンスの英訳を考えて!」という無茶ぶりをされたり
したことがある。

そういう英語が「できない」人たちには、日本語で書かれていたり、話されていたりするものは、その字面だけを写し取る、そのまま英語にできる、という印象があるのかもしれない。(わたしも英語だめだったときそうでした。すみません・・・・)

わたしの今の実力では、言葉にはその裏にたくさんの情報がつまっていて、それを理解せずに写し取るなんてできないと思っている。
まあ、そもそも、日本語にあって英語にないニュアンスのものってたくさんあるから、まるまるコピーは無理なんだよねえ。
「いただきます」「お疲れ様です」ですら英語にできないんだからさ!

話をまとめると、英語関連の仕事については、

【求められる頼む側の姿勢】
自分が英語習得について門外漢なら本人にできるかどうか聞く
(英語を習得している人なら、テストをすることもできそう)

【求められる頼まれる側の姿勢】
「実力以上の仕事だ」と思ったときは早めに言う

という点を、お願いする側も、される側も、心がけるべきなんじゃないかなーという提案でした。

・・・・って、これ、ほかの仕事でも同じじゃない?
何かができても、別の何かができない、ってよくあることなのに、なんで英語になると、「できる(という噂)」=「なんでもできる」っていう錯覚に陥るのだろうか。
そのくらい「できなきゃいけない」っていうプレッシャーが強いものなのかなあ。

1回、「英語ができる」「グローバル人材(笑)」みたいなタグがついちゃったら、今後も「英語できるんでしょ」っていう人からの無茶ぶりやバッシングに備えて、勉強し続けなきゃいかんのなあ・・・・と思う後味の悪いニュースであった。


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