2013-05-27

「グローバル化」とか言っているからつまずくのです

本の整理をしていたら、アメリカに来る前に成田のTSUTAYAで買った本を発見した。


なぜ、日本企業は「グローバル化」でつまずくのか―世界の先進企業に学ぶリーダー育成法








まず、「グローバル」というカタカナ言葉がいろんな場面でいろんな意味で使われていて、よくわからなくなっているんじゃないか、という問題提起から始まる。
「地球的○○」という形に置き換えるのはどうですか、と提案しているけど、うーん、これはちょっと語呂が悪いような。「全世界規模」じゃだめなのかな?と感じた。
まあしかし、「グローバル化」とか「グローバル人材」が誤解されているのはおっしゃる通りだと思う。
「英語ができれば、どんな仕事でもできると思うなよ!!!」というのは、以前も書いた。
(参照記事→『「英語ができる」という評価を「英語ができない」人がする悲劇』


本書いわく、日本企業のグローバル化でのつまずきの要因は以下4つだそうだ。

(1)もはや競争優位ではない「高品質」にこだわり続けた
(2)生態系の構築が肝心なのにモノしか見てこなかった
(3)地球規模の長期戦略が曖昧で、取り組みが遅れた
(4)生産現場以外のマネジメントがうまくできなかった

ああ、おっしゃる通りです・・・・
やたら高品質なスマホ連動洗濯機やら(いつもネタにしてすみません)、某音楽会社がデジタル配信をずーっと拒否してたことやら、なんとなく政府が言ってるから海外で事業やらなきゃいけないなーとか、どうしようもないマネージャーとか・・・・
あ、最後は一部の人に対する感想で、もちろん素晴らしい方もたくさんいます!

以前、ヨーロッパに住んでいたときに、デパートの家電製品売り場に行ったら、韓国製のTVが売り場のほとんどを占めていて、高い日本製のTVは隅に追いやられていて、あー、なんか日本って違うんだなーと感じたことを鮮明に覚えている。
ちなみに、その当時家具付きの我が家についてたTVやそのほかの家電も、ほとんどが韓国製だった。
あ、今の家の備品のTVも韓国製だ・・・・


これらの4つの課題は、「視野狭窄」、「土俵違い」、「多様な人材の欠如」が招いているものだとしている。
この後に続く文章は、「ああ、わかる人はわかってるよねえ」と思う文章である。

 多くの日本の企業は、その組織の構成においても、意思決定の現実においても、中年の男性を中心に成り立っています。女性の活用は世界的に見て遅れており、中枢にいるのは四十代以上の日本人男性です。外国人の活用もほとんど進んでいません。
 社内に人材がいなければ外部の知恵ある人と協業することも必要ですが、社外の人に対しては、時に下請け扱いをして高圧的になりがちで、プロフェッショナルを適切に遇することが増えてです。内向きで、流動性と多様性のない組織からは変化の時代に即応したアイデアも戦略も生まれにくいのです。
(中略)
 この多様性のなさはイノベーションが求められグローバルな展開が求められるいま、そしてこれからの企業経営において、大きなハンディキャップになる可能性があります。
以前も書いたとおり、「多様性が大事」というのは、なかなかマジョリティの人にはわかってもらえないのである。
(参照記事→『オールドボーイズネットワークとエイリアンのわたし』)


この本は、そんなマジョリティの人たちが開いたら、「うっ」と考えさせられるんだろうなーと思う言葉が、ほかにもたくさんつまっている。
・・・・ので、マイノリティ、エイリアンから見たら小気味よい。くくく。

 すべての人間が外国人への偏見や先入観を少なからず持っています。グローバルにビジネスを展開すると決めたならば、そうした偏見については意識的に減らしていくように努力することが不可欠です。
 しかしこれらを一番困難に感じるのは、日本人男性正社員です。彼らは自らが日本企業において心地よいメインストリームにいるため、自分たち以外の周囲の人たちのことを一段低く見がちです。
なるほど・・・・
これは本当に個人的な経験なんだけど、「白人の奴ら」みたいな発言って、今のところ日本人の中年以上の男性からしか聞いたことがない。
わたしは鈍感なのか、それともまだまだ経験が浅いからか、「白人だからえらそうだなあ」、とは感じたことはないんだけど、もしかしたら、
「なんか馬鹿にされてる!日本では馬鹿にされたことなんかなかったのに!」
と無意識に感じて、そういう感想を持つ人がいるのかもしれないなあと思った。

 昨今、日本企業のモチベーション低下や職場におけるストレスの増大などがよく言われていますが、ひとつにはメインストリームである日本人男性正社員の自分たち以外の相手、例えば女性、若手、派遣社員、外国人、社外パートナーといった人たちに対する共感性(エンパシー)と思いやり(シンパシー)の欠如がそれを起こしている部分もあるのではないかと思います

これはほんとそうだと思う。
「毎日11時まで残業、通勤時間は1時間半、家のローンは35年」
みたいな昔の同じような人たちしかいない職場環境だと、
「だいたいどういう生活をしていて、生きる上で何に重きを置いているか」
というのがわかるので、その中でどう振る舞うかとかは気にする必要がない。
でも、雇用形態、働き方、生活の仕方が違う人たちがいる環境では、相手の立場をよく考えることが必要なんじゃないかなあ。

例えば、共働きの家庭だったり、子供のいる家庭だったり、介護をしている人だったり、または残業代が出ないという契約になっている人に、「11時まで働かないなんてけしからん!」って時間だけ見て怒るのはばかばかしいし、安い時給の人に、「この程度の仕事はなんだ!」って言うのもなんか違う気がする。
(給料と質の問題は難しいけど)

時に日本の経営者は若手を鍛えなければいけないと言いますが、果たしてご自分は鍛えられているのでしょうか。

ゴルフは鍛えられてそう!


本書いわく、「グローバル人材育成のために日本企業ができること」として、5つの提案をしている。

(1)研修以前にもっと人事異動を効果的に使え
(2)幹部教育を手厚くせよ
(3)人材育成は日本人も外国人も対象にせよ
(4)英語とともにコミュニケーションの型を学べ
(5)海外ビジネススクールを有効に活用せよ

最後に。この本の中に、「日本企業の挑戦」、として、ある企業の研修風景の写真が出ていたんだけど、これが笑えなかった。
中年以上の男性ばっかり・・・・
超えなきゃいけないハードルはなかなか高い。

ちょっと話は飛ぶけど、先日の三浦雄一郎さんのエベレスト登頂について、面白いTweetを発見した。







そういえば、矢沢永吉さんのアルバム?が最高齢オリコン1位とか、そんなニュースも出ていたけど、これから高齢化社会だし、医療も発達していくのだから、「最高齢」記録がどんどん破られるのは当たり前かもしれないなあ。


メインストリームや今後マジョリティを占める高齢者が元気なのはもちろんいいことだけど、マイノリティになってしまう若い世代に出番が回ってこない社会はやっぱりちょっと物足りない気がする。
出番を回すためには、高齢者まではいかないけど、ちょっと年上の世代が、
「自分でもできる!」
と思うことをそっと若者に譲ることで社会が活性化する、という意識を持つことが大事なのではないかなあ。


「若者を援助することはかっこいい!」みたいな風潮を作ったらいいのかもしれない。
しかし政府にはこの活動は期待できない。だって65歳定年を義務化しちゃう人たちですから。

じゃあどうするのか?
前にも書いたけど、ミレニアル世代には、メインストリームでマジョリティなエスタブリッシュメントを怖がらせるくらいの力があるのである。
(参照記事→『「オレがオレが」なミレニアル世代が世界を救う?』


新しい文化や、社会で必要とされるその力や製品、サービスをうまくアピールして、マジョリティである中年男性に理解してもらって、援助してもらうことを考えてみたらどうだろう。
きっと、わたしみたいな、「おじさんたち、全然わかってない・・・・」とグチグチ言いがちな人が、あきらめずに彼らをしぶとく説得したり、歩み寄ることが必要なんだと思う。
媚びるのとは違うと思うのでなかなか難しいけど。


歩み寄りやうまく立ち回るのって、ときにめんどくさいけど、何かを変えたいなあと思ったらちょっとずつ道を作ることが大事だよなあ、と30代になっても反抗期な自分にちょっと反省した三連休の最後の日だった。


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