2014-11-02

カラーランをラン!(ときどきウォーク)

インドのホーリーというお祭に行ったことがある。
ホーリーとは色のついた粉をつけあうというお祭りで、赤青黄色といった原色びかびかの粉を手いっぱいに握りしめて投げつけたり、そっとなすりつけたり、水鉄砲に仕込んで人を打ったり、たまにかけられた色水からはアンモニア臭がしたり…と、何を言っているかよくわからないと思うが、そんなお祭である。

このホーリーに影響を受けて作られたのがカラーランである。(元ネタはホーリーだけではないっぽいが)
このカラーラン、5kmの距離を色まみれになりながら走ったり踊ったりしながら駆け抜けるイベントで…これまた何を言っているか全然わからないと思うので、実際に写真を貼り付けながら紹介したい。

今回、ワシントンDCのカラーランに参加したのだが、スタート地点はナショナルズパークというDCの東南のはじっこにある野球場のすぐ横だった。スタート時刻、9時の気温は多分摂氏10度くらいで寒い。目の前の人、半袖ですけど…

スタート地点には櫓みたいなものがあって、男性はMCをし、女性は国歌斉唱を担当。こういうイベントで国歌を歌っちゃうのが国民性の違いだよねえ、と思いかけたのだが、さすが住人が各国からの寄せ集めでリベラルなワシントンDC。あまり歌声は大きくならなかった。


9時ちょうどにスタート。野球場の中を走って行くのはなかなか楽しい。スクリーンに映し出されたランナーたちは思い思いにポーズをしていた。わたしはカメラの位置がいまいちわからなくてスルー…いや、あの大画面で自分の全身を見たくないというのもあるが。

球場の中を抜けて、駐車場の方にちょっと走ったら最初のカラーポイント。紫である。

おそらくボランティアと思われるスタッフの人たちが、ボトルに紫色の粉を詰めて、ランナーたちに振りかける…という優しいやり方ではなく、ボトルを水平に動かして、粉を投げつけるような感じである。
あたりにはもわーんと紫の粉が漂う。あんまり吸い込まないようにする人もいたが、口に入っても大丈夫な素材でできている粉はあんまり味のしない生の小麦粉のような感じだった。(つまり、食べた)

続いて青のカラーポイント。
ボランティアスタッフの人たちが拍手をして出迎えてくれる。

しかし青のポイントはランナーが多かったこともあり、粉をかける人の数が不足して、あんまり粉がかからなかった…

続いてピンク。カラーポイントが立て続けに現れる。カラーポイントは1kmごとに設置されていると思い込んでいたのだが、青のポイントからたぶん300mくらいしか走ってない。思うに、球場の中では色をかけられないので、外のエリアで集中的に色をかけているのだろう。

ピンクエリアは粉かけボランティアの人とタイミングがばっちりだったので、一気に全身がピンクに染まった。

その後、球場の側道を折り返して、再度球場の中へ。

この写真でご覧いただけるだろうか。球場の中を登っていく。駐車場かな?と思ったのだが、おそらく3,4階建ての球場の中を移動するための通路なのだろう。

最初は上りでつらい。下ってくる人たちがテンション高く、「Come on!」とか「Keep going!」とか声をかけてきて、ハイタッチを求めてくる。

スタジアムの客席上部の通路へ出ると、しゃぼん玉の機械があった。色はだめだけど、これはOK出たのだろう。

車いすやベビーカーを押しながら走る人たちも一緒に走ったり、歩いたりしている。

球場を抜けたあと、赤のカラーポイントがあった。ポイントを示す空気の入ったゲートがしぼんでしまっていて、後ろでスタッフの人が一生懸命発電機を動かそうとしていた。

バンドの軽快な音楽がランナーを応援。

赤の粉もばっちりくらった。ここのポイントはボランティアの人が多かったような気がする。

子供づれもたくさん。

ランナーの後ろ姿の写真ばっかりだったので、ちょっと振り返ってみた。

あれ、もう!?という感じでゴール。かなり歩いたのに、出発から45分くらいだった。5kmってこんなもんなのねーという感じである。

ゴールでは色の粉が入った袋や、お水、ナッツバーなんかが配られた。
ステージではこれからパーティーだよーとスタートとは違うMCの人と、カラーランのゆるキャラが場を盛り上げている。到着してすぐくらいに、カウントダウンが始まり…

0になった瞬間、そこにいた参加者がもらった粉を振りまいた。すごい粉!煙幕のようになった。
そこからはステージに上がる参加者もあり、踊る参加者もあり、の1日遅れのハロウィンパーティーのようである。

帰る前、スタッフの人が道の枯れ葉を吹き飛ばす機械で粉を吹き飛ばしてくれたが、全然完璧には落ちず、色まみれのまま地下鉄に乗った。地下鉄では「あ、カラーラン?」と声をかけられる人もいて、なかなか知名度は高くなってきつつあるように見受けられた。

ともあれ、ひきこもりで走るのとか無理無理、と思っていたわたしですら「短い!」と感じられる5kmで、「Happiest 5k」のコピーも伊達じゃないな、と思った次第である。参加費が55ドルくらいするのだが、Tシャツなどの特典がついてくるし、歩いても大丈夫な雰囲気だし、リアルホーリーみたいにアンモニア臭がする水をかけられる心配はしなくてすむし、また参加したいなあと思ったのであった。

2014-09-13

ハウスワイフ2.0よりオールワーカー2.0じゃない?

ある日の友人たちとのLINEのやりとりがものすごく切実で胸が痛んだので、これはインターネットの片隅に残しておきたいと思ってキーボードをぺこぺこ叩いている。
彼女たちは東京の企業で働いているのだが、それぞれ1歳弱から2歳くらいの子供がいて、出産後に産休と少しの育休を取ったあと、会社に復帰した。それぞれ1日4時間から5時間の時間短縮勤務、いわゆる「時短」をしている。

彼女たちの悩みは、ひとえに、残業大国日本において、時短で働くことに起因している。具体的にはこんなかんじだ。
「フルタイムのときのクオリティは物理的に絶対無理なのに、周囲の期待値はフルタイムの時と同じ」
「フルタイムのときの100%の出来を自分でも求めて、私の仕事はこんなじゃない!と思ってしまう」
友達のことをほめちぎるのもなんだが、彼女たちはみんな仕事への意欲があって、職場でも高く評価されている。そんな彼女たちが「時間的制約のせいで、思い通りに仕事ができない」と悔しがるのはよく考えてみれば自然の摂理だった。
子供が生まれたばかりの頃は「かわいいし、仕事したくない」とか言ってたが、根がまじめだし働くことが好きだから、いざ会社での仕事に復帰してみると「時短だし、適当でいいでしょ〜」なんて割り切ることができないくらい、彼女たちは仕事にも育児にも熱心なのだ。
よく、「時短の人は周りを頼りましょう!自分がいなくても仕事が回る体制を作りましょう」とか言うが、その辺についてもうまくいかせるのが難しいみたいだ。
「働く時間が短くて、忙しい周りの人と顔を合わす時間も限られるから、タイムリーに相談できない。さらに相談すらできない自分がふがいない」
「いない間のキャッチアップで午前が終わる。こっちの仕事の状況を話す暇も、向こうの状況も聞く間もなく、打ち合わせが始まる」
「メールが見切れない」
「限界まで自分でやろうとしてしまって、最終的に周りが見かねて助けてくれるんだけど、最初からお願いしておけば相手も楽だったんじゃと落ち込む」
うわー、話す時間がなくて、メールも見切れないって、有効な情報共有手段がない。さらに、時短だからこそ、できるところまではやらなければと思ってしまうのだろう。「甘えるの難しい。女子力低いし、いままで甘える人間の真逆のポジションにいた…」という友人の言葉には、みんな画面の前で「たしかに」とうなずいた。(と思う)

フルタイムのときのクオリティは無理、というのはどうだろうか。時間が短くても、なんとか品質を上げることはなんとかできるんじゃないだろうか…?という希望的観測も、ばっちり撃ち落とされた。
「考える仕事のアウトプットが出せない。アウトプットに一番満足していないのは自分自身」
わたしは、「身体を動かす仕事はフルタイム時代と同等のことができないかもしれないけど、考えることならできるんじゃないかなあ」と勝手に思っていた。
しかし、例えばわたしの場合、考えるためには正しい情報に基づく状況の把握と、その上での持論が必要だ。持論を導くためにいろんな情報を集めて考える結果を出して表現することには時間がかかる。その情報収集や理解には自分で考えているより時間がかかるし、体力も使うものなのかもしれない、と気づかされた。
「絶対にフルタイムだったときの自分には到達できないからいろんなテクニックが必要」
と友人たちは気づきを述べる。まったくその通りだ。今までと同じように資料を探して、読んで、考えて…というやり方を変えなければいけない。でもどうすればいいんだろう?という悩みの渦中に彼女たちはいる。
よく言われているフレックスとか、家でも仕事をできるようにする、という案を思いついたのだが、夜11時にもメールが来ていた自分の生活を思い返し、乳飲み子を抱えながらそんな生活は無理だろうと思い…っていうかそういう生活、誰がしていてもやっぱりおかしい。
「残業大国、男性天国の会社においてくじけそう」
「分速での仕事量は相当のはずなのに…」
男性社会、長時間労働がほめそやされる場所でくじけそうになるのはものすごくわかる。
こんな彼女たちの悩みを聞いて、わたしは、
「みんなががんばることに価値があって、がんばることで後の世代とか、子供の世代が生きやすくなるんだよ」
としか言えないのであった。


しかーし。そんな「がんばっていた母親」を反面教師にして、ちょっと貧乏でもいいからオーガニックで手作りの生活をしようとするのが、アメリカでちょっと前から話題の「ハウスワイフ2.0」である。

ハウスワイフ2.0(エミリー・マッチャー)

ウーマンリブ運動の影響を強く受けたハウスワイフ2.0たちの母親世代は、ばりばりと仕事をこなし、「家事はお金で解決」という姿勢だった。アメリカに来てみて驚いたことのひとつに、冷凍食品や保存食品のコーナーが異様に広いことが挙げられるのだが、あの大きな冷凍食品の棚にはこの時代背景も影響しているのだろう。家事なんかダサイ、みたいな風潮があったみたいだ。

母親は「働くのが当たり前だから、就職に苦労しないように」と教育に力を入れて、いい大学に進ませるのだが、そんな母親の背中を見て育った娘たちは、「お母さんはいつも忙しそうだし、ご飯はおいしくないし(想像)、こんな生活って本当に幸せなのかなあ?」と疑問を感じてしまう。

不況も手伝って、せっかくがんばって勉強したのに専門性を活かせない、やりがいのない仕事にしか就けない。家庭を持ちたいけど長時間労働だし子供を預けたらめちゃくちゃお金がかかるし夕飯は毎日冷えたピザだし(想像)……ああああ、もうめんどくさい!!!仕事やめて家に入る!!!

外で働いてないけど家で野菜とか鶏とか(!)豚とか(!!)育ててるし、ほとんど自給自足。だってスーパーで売ってるものなんて、どう育てられたかわからなくて怖い。冷凍食品なんてもってのほか、ほら、焼きたてのキッシュっておいしいでしょ?学校なんてどんなモンスターペアレントがいるかわからないし、できない子に合わせられちゃうから、子供には私が家で勉強を教えてあげるの。手芸品は白っぽい写真を撮ってEtsyで売ろう。空き時間には素敵ライフをブログで発信。あ、またコメントついてる。ああ、忙しいなあー。

……
…というのが、わたしから見たハウスワイフ2.0である。ちょっととげがあるように見えたらごめんなさい。
「食べ物はおろか、子供の教育ですら他人にはまかせられない!」という意識の高いハウスワイフ2.0たちの生活だが、田舎大好きでぐうたらしているわたしなのに、「豊かな生活でいいなあ」とは思えない。
なんだか「社会が信じられないから自分が!」というところに、鼻息の荒さと世捨て人感とストイックさと自分勝手さと自己顕示欲が透けて見えて、最終的には「家に遊びに行くとき、どんなおみやげ持ってけばいいかわからん…」という状態になるからである。ハウスワイフ2.0の前では、オサレオーガニックスーパーWhole Foodsですらだめ出しされるんだろなあ。外食もできなそうだ。

本の中でも、ハウスワイフ2.0たちが求める社会というものは、家の中にいるだけでは絶対に訪れないと書かれていて、心から同意した。
家庭の変化は大切だけれど、すべての変化が家庭の中だけで終わってしまってはもったいない。(中略) 女性が外で働くのをあきらめてしまったら、会社がいまと何も変わらず、職場での女性の発言権もなくなってしまう。わたしたちは、職場に踏みとどまって、男性と同じ給料や、適切な産休や、人間らしい勤務時間を手にいれなければならない。男性のために働くなんて馬鹿馬鹿しいと、仕事を辞めてしまったら、会社も社会も改善されないままだ。
ああ、本を読み始めたとき、友人たちに仕事もがんばれ!と言ったばっかりにその子供たちが働くのめんどい、と思ったらどうしようとか思ったけど、こういう結論になっていて本当によかった…とひそかに胸を撫で下ろしたのであった。

一方でこの本は、自立と人を頼るバランスがうまいなあ、と思ったし、社会への貢献といった面も言及されているので、悩んでいる友人たちにプレゼントしたいなあと思った。

 

著者の会社は育児や介護等、さまざまな事情を抱える社員がこれから増える中、残業を減らしても売上を維持もしくはアップさせることは可能だとしてコンサルティングを提供しているのだが、そんな著者から見て、日本社会はちょっとずつ変わってきているという。
もしかしたら皆さんは、「でもやっぱり、うちの会社は変わらない……。こういう環境で頑張り続けることに疲れてしまった」と思うこともあるかもしれません。でも、日本社会は今、確実に変わってきているのです。(中略) 創業して約8年たつのですが、弊社から営業の電話をしたことは一度もありません。900社のクライアントはすべて先方からの問い合わせで受注しました。とても強い危機感を持って、経営者自ら「うちの働き方を変えないと!」とご依頼いただく時代になったのです。(中略) 現在コンサルを提供している企業は、陸海空の運送、自動車部品、重電、製薬、エネルギー、ソフトウェア、食品、住宅、そして不夜城といわれた中央省庁など、多岐にわたります。変わらない業界なんてないと思います。
ここまで書いてみて、結局日本もアメリカも、父親や社会制度を始めとする一緒に子供を育てる人だけでなく、職場や同僚の協力はとても重要であるということを再確認した。
前出の友人のひとりは、「同僚と今の仕事がわかるようにExcelで共有するようにした」と言っていたが、なかなかいい第一歩だと思う。こういう、「みんなで協力しよう!」というのはアメリカよりも日本の風土の方が受け入れられやすいと思う。
道を拓くのは女性だけの努力じゃない。周りにいるすべての人の協力や、社会制度だと思う。ということで、ハウスワイフ2.0じゃなくて、オールワーカー2.0じゃない?と思ったのだった。

世の中の母のみなさん、自分で背負いすぎなくていいんだよ。あなたたちの苦労や努力は、確実に社会を変えています!


◆関連過去記事
ネイティブ女子との会話から考えるアメリカの少子化(の予感)
この会話の中に出て来る友人アメリカ人女子たちと比べると、ハウスワイフ2.0たちは、「外で働くことからは逃げるけど、社会からほめられそうなことをして、自分の選択を正当化している」だけのようにも見えるんだよなあ…

2014-08-16

宇宙兄弟!航空宇宙博物館!アイスバケツチャレンジ!

今更で申し訳ない…『宇宙兄弟』がめちゃくちゃおもしろい。


ブームになっているときは横目でチラチラ見ていただけなのに、モーニングで1話目を読み、Kindleで期間限定3巻まで無料だったので、思わずポチったら見事にはまってしまった…

あまりにおもしろかったので、スミソニアンの航空宇宙博物館へもう1回行ってしまったくらいだ。
ブライアン・J(注意:作中の英雄的宇宙飛行士)はいなかったけど、エンデバーの最終打ち上げの映像に見入ったり、アメリカとロシアの宇宙開発競争について思わず熟読したりした。た、楽しい…

おおっ、これは日々人も着ていた与圧服ですな!
作中で出てきたとき、「なんで打ち上げの時にはこれを着てるのに、宇宙に行ったら脱いでるんだろう?」と思っていたんだけど、解説によると、1986年のチャレンジャー号の事故を受けて、発着陸時の不測の事態から飛行士たちを守るために作られたのだそうだ。なるほど…

こういうシーンもあったなと思ってぱちり。

月の上を移動する車。こう見ると超シンプル。

宇宙服。地上で着たら、めちゃくちゃ重そう…と思って見てみたら、やっぱり100kgくらいあるらしい。うひゃー。

ドッキングしたアポロとソユーズ。
恥ずかしながら解説を読むまで知らなかったんだけど、この時代のアメリカと旧ソビエトの宇宙開発競争はほんとに激しい。1960年代後半という、今よりもいろんな面で遅れていたであろう時代に、毎月(毎「年」ではない!)のように宇宙に何かしらのものを打ち上げていたなんて、ちょっと信じられない。今よりも全然お金がかかっただろうしなあ。
そして開発「競争」から「協力」の時代となって、その結果として上の写真のアポロとソユーズがあるわけだが、すぐ後ろにはひっそりと、「2002年、アメリカとロシアは核兵器を減らす合意書に調印をした」みたいなことが書いてあった。
「なくす」じゃなくて「減らす」というところに、冷戦が完全に終わったわけじゃないんじゃ…と不安になる平和ぼけの日本人はわたしだ。

ところで本編の中で出てくる難病「ALS」だが、最近、ALSの認知度を上げるための「The Ice Bucket Challenge」という活動が行われている。

ALS Ice Bucket Challenge Takes U.S. by Storm(ALS Association)

これは指名された人が、氷水を頭からかぶるか、100ドル寄付をするかしなければいけないという取り組みなのだが、かなり大物も氷水をかぶっていてなかなかおもしろい。大物たちはもちろん、水をかぶるだけではなくて寄付もしているようだ。

The best Ice Bucket Challenge videos (The Verge)


The Vergeのこの記事には、主にテック系の人たちのチャレンジがまとめられていておもしろい。ビル・ゲイツとAmazonのジェフ・ベゾスのやつがなかなか洒落が聞いていてお気に入りだ。大好きなジミーさんも!


ということで、ビル・ゲイツの動画を貼っておきます。

ちょっとみんな気持ち良さそうに見えるのは、暑いからだろうか…
ともあれ、こういう活動が瞬時に流行るインターネットの時代とアメリカの風土はいいなあと思うのであった。

2014-08-05

タイムズスクエアの着ぐるみ狂想曲

ニューヨークはタイムズスクエアの風物詩。そのひとつに色々なキャラクターの着ぐるみが挙げられるのではないだろうか。
ディズニー、セサミストリート、スパイダーマン、エトセトラエトセトラ。
ここで念のための注意だが、間違ってもディズニーランドで見かけるような完成度が高い着ぐるみを想像してはいけない。この着ぐるみのクオリティーたるや、「ゆるキャラって言えば許されるかな」というレベルである。

大衆の前で携帯いじってる…しかもこれみよがしに「Tips」と書かれたバッグ…
こういうときばかり、プロ根性はないのか!と言いたくなる日本人のわたしだ。

ともあれなんだか気になるこの着ぐるみたち。先日ニューヨークタイムズがこのビジネスについて、なかなか読み応えのある記事を掲載していた。
そのまま翻訳するのも芸がないので、Q&A風にして紹介したい。

Spider-Man Unmasked! Elmo and Minnie, Too
The Lives Behind Times Square Cartoon Characters(2014/8/2)

Q. 最初に着ぐるみが登場したのはいつごろなの?
A. この世界のベテラン(!)によると、2000年代初頭。
ふむふむ、10年ちょっと前ということだそうだ。
記事の中ではメキシコからの移民であるBertaさん(50歳)が、10年前に他のふたつの仕事と掛け持ちして、エルモの着ぐるみに入る仕事を始めたと語っている。
…ってことは、40歳で着ぐるみデビュー!?
ちょっと衝撃だったので日本のこの業界に詳しい人に聞いてみたところ、「おっさんおばちゃんばっかりだよー」という答えを得た。ここでは「おっさんおばちゃん」の定義論争をするつもりはないので次。

Q. 着ぐるみのみんなはどこから来てるの?
A. 魔法の国…ではなく、ニュージャージーのPassaicというところから通勤している人が多い。
なんと、魔法の国はニュージャージーでしたか…
Passaic(パセイク、というような発音)というこの街だが、調べてみるとタイムズスクエアから20キロほど離れたバスで1時間程度の場所にある。
記事によるとこの街は労働者階級の人が多く住む場所だそうで、着ぐるみ業を営む人がたくさんいるらしい。メキシコ人のMiguelさんがNYTに語ったところによると
「隣の家にはエルモが5人(体?)いるし、逆側にはクッキーモンスターとミニー。向かいの家にはプーさんとミニーがいる。あ、そういえば私は1匹(体?)クッキーモンスターと住んでます」
…すごい。この場所にテーマパークができてしまいそうな勢いである。
さて、続いては誰もが気になる疑問。

Q. 1日いくらくらい稼げるの?
A. 人によるけど、8時間で30ドルから200ドル強くらい。
うう、30ドルは厳しい。確かにわたしみたいな「すれた」観光客はああいうのウザイ!と思ってスルーするもんなあ。8時間で30ドルとすると、時給換算3.75ドル…暑さと寒さと冷たい観光客に耐えてこの金額はきつい。
一方、大人気着ぐるみになって、8時間で200ドル稼げたとしたら、時給25ドルである。ニューヨークの最低賃金が8ドルということを考えると、悪くない金額だ。でも…

Q. タイムズスクエアの着ぐるみが、以前より増えている気がするんだけど?
A. 当たり。前からゆっくり増加傾向にはあったけど、2011年に歩行者用スペースができてから着ぐるみが爆発的に増えた。
ふーむ、着ぐるみ間の競争は激化しているようだ。確かにわたしが住み始めてからもどんどん着ぐるみの数が増えてきている。
新参者がひしめくこの業界について、20年前からタイムズスクエアで自由の女神を演じているコロンビア人のJuanさんは、「私の業界は破壊されつつある」と悔しさをにじませている。
参考までに、原文では、「pedestrian malls」という単語が出て来る。これは広い道の中央分離帯のようになっている歩行者用スペースのことっぽい。日本語でどう書けばいいかわからないのでそのまま書いているが、こんな場所である。

ちょっとわかりづらいのだが、赤い傘が出ていて、人が歩いている場所が「pedestrian malls」と呼ばれているようだ。この部分ができたのって2011年なんですなあ。

Q. あれって違法じゃないの?
A. 微妙なところ。市の能率に基づくと、寄付の回収は適法だが、積極的な物乞いは違法。
予想通り、グレーなのだそうだ。ところで積極的な物乞いってどんなだろう…つきまとう感じだろうか。
しかし、この法律が広く知られているかというと微妙なところで、その原因のひとつには言葉の問題が挙げられるそうだ。着ぐるみの中の人たちは、英語が喋れない人が多いとのこと。
さらに最近、スパイダーマンの格好をしていた人が警察官を殴って逮捕されるという穏やかではない事件も起きていて、着ぐるみたちのジョブセキュリティーはなかなか厳しそうである。

ニュージャージーから毎日1時間かけて通ってくる着ぐるみたち。下手をすれば時給3.75ドルで炎天下の中1日中立ち続ける過酷な仕事…
一緒に写真を撮って、彼らの役に立ちたい!という人もいるだろう。

Q. 写真を撮りたいときはいくら出せばいいの?
A. 1ドル。ただし、着ぐるみ1体につき1ドルずつ出してね!
だそうです。
しかし、前述の通り、着ぐるみが蔓延している今、写真に無理矢理入ろうとする着ぐるみもいるんじゃないかなあと思ってしまうのだが。
実際、トイストーリーのジェシーとエルモとグローバーと写真を撮った日本人観光客が1人1ドルですよーと言われているシーンが記事の中で出てくる。
いやなときはいやと言いましょう。

Q. 最後に、仕事への意気込みをお願いします。
A. 私たちは路上のアーティスト。観光客が本当の自由の女神にもてなされたと感じられるくらいのおもてなしをすれば、アメリカ旅行の素晴らしい思い出になるでしょう。
これは、24歳のドミニカ人自由の女神、Manuelさんの言葉。
「ほとんどが芸術的センスがない、お金稼ぎを目的としている着ぐるみだけど」とも言っているが、こんな風に思って着ぐるみを演じている人がいるというのには心がなごむ…というか、最初にプロ意識が云々とか言ってごめんなさい、という感じだ。

彼らはアメリカで生計を立てる術として、着ぐるみという道を選んだ。
着ぐるみの中には、汗と笑顔と、それぞれの人生がつまっている。


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(2014/8/12追記)

このNYTの記事が呼び水になったのかはわからないが、着ぐるみ関係のニュースがいくつか出てきていたので追記しておきたい。

Times Square Characters Feel the Heat (WSJ, 2014/8/10)
あらら、警官が「着ぐるみとの写真撮影は無料です。チップは任意です」と書かれたチラシを配り始めたらしい。着ぐるみ4人(体?)が逮捕されたそうだ。

EXCLUSIVE: Times Square costumed characters band together with goal of forming labor union (DAILY NEWS, 2014/8/12)
警察の動きに対抗して、着ぐるみたちが組合を作ろうとしているという話である。
将来的にはこのビジネスは規制される可能性があるとも書いてあるので、見られるのは今だけと言えるかもしれない。お早めに。チップは任意です。

2014-07-06

『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』ブロードウェイリバイバルがめちゃくちゃ良かった!

独立記念日の花火は華麗にスルーして、『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ(Hedwig and the Angry Inch)』を観に行った。
ちなみにこのミュージカルは今年のトニー賞で、リバイバルミュージカル部門、主演ミュージカル男優部門、主演ミュージカル女優部門、照明部門の4つで最優秀賞に輝いている。

トニー賞以外にもたくさん受賞しているようだ。

会場はブロードウェイのBelasco Theatre。外装も素敵だけど、内装もかなり素敵。

柱の上がステンドグラスつきのライトっぽくなっている。天井にもこんなライトがたくさん。ちょこっと調べたところ、ティファニーグラスというものらしく、1900年代初頭にはやったものだそうだ。

土曜日の22時からの回だったが、もちろん満席。休憩なしで約2時間通しのショーである。
ちょっと奮発して2階席Mezzanineの一番前のど真ん中の席を買ってしまった。180ドルくらい。同僚いわく、トニー賞受賞後、チケットの価格が倍になってしまったとのこと。ううう、早く行けばよかったけどオペラ座の怪人にはまってたので(過去記事)これは仕方あるまい。当たり前だけど舞台がばっちり見えてすばらしい。

撮影禁止だったので舞台の写真はないのだけど、限られたスペースの中に仕掛けられたもろもろがすごい。この劇場に限らず、ブロードウェイの劇場や舞台は、日本の劇場に比べたら驚くほど小さくて最初見たときは驚いたものだが、その制約の中で場面を表現する手法は磨き抜かれている。「Origin of Love」のときの映像と演技の融合はそう来るか!という感じだった。

主演でトニー賞の主演男優賞に輝いたニール・パトリック・ハリスだが、『Glee』とか『ママと恋に落ちるまで(How I Met Your Mother)』といった最近のドラマにも出ていたそうなのだが、『天才少年ドギー・ハウザー(Doogie Howser, M.D.)』のドギーと言われて「うおーー!」となったミドサーのわたしである。

彼の歌はもちろん、演技もなんだか目が離せない。ともすれば下品なしぐさもどこかかわいく見えてしまう、絶妙なバランス。首を傾げる仕草は観客の中に真似をする人が出てくるくらいだった。
あとスタイルいい。腹筋と脚がめっちゃきれい。ヘドウィグを演じるために20ポンド(9キロ)痩せたらしい。
時事ネタ、ブロードウェイネタを盛り込んだトークは軽快で、話で人をひきつけるスナックのおばちゃんっぽさがあって憎めないし面白い。しかし、笑いのツボがわからないところもたくさんあったのでちょっと悔しい。笑いには文化背景への深い理解が必要だなあと再確認。

トニー賞でのパフォーマンスがあったので置いておこう。
これでもかなり楽しいショーなのだが、生で見るとさらにすごい!1階の前の席だと、口に含んだ水を飛ばされたり、キスされたりという経験ができるかもしれない。(たぶん男性限定)
ちなみにニールさんはゲイだということを公表している。
こういうショーがショーの域を超えて、LGBTといった性的マイノリティーの受容につながればいいなあと思う。
彼のヘドウィグは8月17日までとのことなので、気になっている方はお早めにどうぞ。
イツハク役のリナ・ホールも必見である。かっこいいし、声がきれいだし、最後の場面の変身っぷりがまた素敵。

このキャストの音源も販売中。もちろん買ってしまった…


8月中旬に降板するニールさんの後任は『Book of Mormon』で主演したアンドリュー・ランネルさんということで、これもまた気になる…
Andrew Rannells Will Replace Neil Patrick Harris in Broadway’s Hedwig and the Angry Inch(TIME)

ブロードウェイ沼、深い!!


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(2014/8/13 追記)

「Glamour」という雑誌のサイトに、ニールさんのインタビューが載っていたので貼っておきます。
最初ハイヒールを履くのは変なかんじだったけど、だんだん妙な力が湧いてきたとか。

Neil Patrick Harris Shares His Secrets of Work, Love, and Living by Your Own Rules(Glamour)

2014-06-28

やっぱり日本の地方都市最高

黒川温泉へ行ってみた!
ひとことで言うと、本当に行ってみてよかった。なかなか行きづらい場所にあるのだが、それを逆手に取ったとも言える秘境っぽさやこじんまりとした小ぎれいな町並みも相まって、「これはわざわざ来る価値があるなあ」と思わされる。

顔湯。温泉の湯気がもくもく出てくる。もちろんやった。

黒川温泉には入湯手形というのがあって、これを買うといろんな旅館の温泉に入ることができる。
手形は輪切り(?)にされた木に焼き印が押されたもの。上の写真は使用済みの手形が絵馬として神社に奉納されている様子である。見た目もきれいだし、からんからんとぶつかる音も小気味よい。

今回お世話になったのは「のし湯」というお宿。
自然がいっぱいのお庭の中に、露天っぽい家族風呂が何種類もあって楽しい。

お部屋は和室なんだけど、入ってすぐのところにはテレビが見られるソファーがあった。
お部屋のしぶさは昔の文豪がこもって小説執筆してそうでいいかんじ。

この写真だとあまりよくわからないけど、部屋にも石風呂がついていた。
いっぱいお風呂があったので、部屋の石風呂は足湯だけしてみた。なんという贅沢!

このお宿で働いている人には若い人が多いように見受けられた。
受付の人や、配膳をしてくれる人も若い人。中ですれ違う人も若い…というか、同年代。30代中盤くらい。温泉によっては働いている人の高齢化が進んでいる場所もあるので、おもしろいなあと思った。(それはそれでいい味が出てたりするけど)
ひなびた温泉街だった黒川を立て直したのは、若い人たちの力だという話を聞いたことがある。旅館同士で競い合うのではなく、街全体で場所を盛り上げて行こうとする取り組みが機能しているのをひしひしと感じた。
きっと、若い人たちのアイディアや試みを、上の世代の人たちも喜んで取り入れているのだろう。場所としての魅力が増して、働きたいという人が集まって、どんどんその場所が盛り上がっていく。今後、働く人の年齢がどんどん上がっていくという日本で、黒川温泉で起こったことは結構いろんなところで参考にできるのかもしれない。

ところ変わってこちらは本州の田舎。
新しい新幹線ーー!!静かだし、中は清潔だし、揺れもほとんどなくて乗り心地最高。日本のインフラばんざーい!
アメリカの電車は、きいきいうるさいし、「これ脱線するんじゃ…」ってくらい揺れたりする。そんな中で携帯やPCの画面を見ていたらてきめんに酔う。もう!こっちは温室育ちの日本人なのよ!

商店街に昔からあるお茶屋さん。和カフェみたいなことをやっているらしいのでふらりと入ってみた。
お抹茶ときなこがかかった白玉だんごのセットが500円くらいでなかなかおいしかった。
1時間くらいだらだらしていたのだが、田舎にも関わらずひっきりなしにお客さんがやってくる。
やっぱりこのお店も同年代くらいの夫婦が切り盛りしているようで、メニューが昔より多角化していた。その夫婦の親にあたるであろう60代くらいの人は、もっぱらにこにことお手伝いをしていて、お客さんに難しいことを聞かれると、若い夫婦に確認をしていた。

--------

こんな事例を見て、ビジネスや地方活性化の鍵は「若者に任せること」なんじゃないかなあという、しごく単純かつ、ありがちな意見を再確認した。
どんどん平均年齢が高齢化していくのだから、高齢者のニーズをつかむことが大事だ!という話もわかるんだけど、それだとその場所なりビジネスなりに若者が魅力を感じず、結果若者が来なくて新陳代謝ができない。なんだかいびつな日本の政治みたいになってしまいそうだ。若者が仕事と収入を得る機会も奪われてしまうだろうし。

居心地の良い地方都市で露天風呂につかりながら、「高齢化社会の中で『年功序列』は非効率的なやり方なんだろうなあ」と思った次第であった。


◆◆◆
過去関連記事

2014-06-13

父の手料理に見る人の影響力と時代の変わり目(大げさ)

その日の父は、なんだかちょっと違った。
いつも食卓にご飯が並ぶまでパソコンに向かってる仕事をしているくせに、「ご飯の用意しなきゃな」とか言って、配膳を手伝おうとしている。
わたしの夫が遊びにきているからはしゃいでいるのかなーと眺めていたら、母から衝撃発言。

「お父さんの作ったお味噌汁、食べてね」

!!!!????
お父さんの!?作った!?お味噌汁、だとー!?!?
「はあ!?」
妹が意味不明と訴えんばかりの声をあげた。彼女が声をあげなかったら、わたしが何か言っていたと思う。そのくらい、めずらしい出来事だったのである。

結局、母がほとんど配膳した。
父作のお椀によそわれたお味噌汁は、輪切りにされた若竹と何やら魚のようなものが入っている。
「筍と鯖缶のお味噌汁だって」
聞いたことないメニューを母が説明する。いただきまーすと、おつゆを口に運ぶ。
「ん、これおいしいじゃん」
「わー、おいしいー」
わたしと夫が口々に感想を述べるが、照れくさいのか「うん」とうなずいただけで、父は何も言わない。
「おいしいけどさー…わたし、お父さんの料理って生まれて初めて食べた」
妹が釈然としないような口調で不満を述べると、母が苦笑した。
「昔、お姉ちゃん(わたし)が小さい頃はチャーハンとか作ってくれたりしたよね」
フォローなのかよくわからない母の言葉に、やっぱり父は食べるふりをして無反応だった。
そう、わたしも母も、父の手料理を食べるのは実に20年ぶりくらいだった。
その横で、夫は気を遣ったのか否か、お味噌汁をおかわりしていた。

このできごとについて、「夫と久々に会えて嬉しくて手料理を振る舞ったのかなー?」と考えていたのだが、ちょっと違うような気がしてきた。

わたしはしょっちゅう、夫が作ってくれたおいしいご飯の写真を、母や弟、妹にメッセンジャーで送っている。わたしの夫は家で仕事をしていることもあり、平日ほぼ毎日ご飯を作ってくれるのだ。
そんなある日、弟の奥さんが「作ってもらいました!」と弟作のパスタの写真を家族全員に送ってきた。写真の中のカルボナーラは、なかなかおいしそうだった。
このような状況の中、今回、父の手料理が20年ぶりに登場したのは、
「もしかしてお父さん、わたしの夫や弟のように、自分は仕事だけじゃなくて家事もできるんだよアピールがしたかったんじゃないだろうか!」
と邪推をしてしまう。
そして、そんな父が、素直でいい奴だなー、と思えてきた。

きっかけはみんなに褒められたい、認められたい、という気持ちなのかもしれないが、自分は仕事をしていればいいと言わんばかりの父が母を手伝ったという事実はとても価値のあるものだと思う。
わたしはそんなことを狙って写真を送っていたわけではないけど、わたしの夫や弟がご飯を作るのを見て、父が「家のことは妻に任せて、男子厨房に入らず」みたいな古臭い形から脱皮しかけていると感じたのだ。
思わぬところから影響を受けて、人の考え方や行動が変わっていくのだなあと再確認させられた一件だった。

影響を及ぼす範囲というのは近い友達にとどまらないような気がする。
とても手が届かないような憧れの人だったり、ちょっと名前を知ってるくらいの出身地(学校)が同じ人だったり、ましてやインターネット上で書かれたものを見かけた知らない人だったり。
たぶん、中心から近い部分には大きな波が立つ波紋のように、その人が近ければ近いほど、自分の心に起こる波は大きいだろうけど、思いがけず遠くにも小さな波は届いている。
いいことも、悪いことも、そうやってどんどん伝わっていく。
自分の心に触れるものがあったら、それをじっくり観察してみて、真似したいものは単純に真似してみていいのかもなーと思った。
70歳の頭の固そうな地方在住のおじいさんである、わたしの父でも新しいことができたんだから、誰でも真似することはできそうだ。
そして、こういう影響の伝搬から、常識だったり、時代だったりが少しずつ変わっていくような気もする。
となると、信念に基づいた行動を随時公開することは、意味があるのかもしれない。
このブログも誰かの心に触れて、何かの行動を後押しできればいいなあなんて思った。

あ、今気づいたんだけど、お味噌汁の写真撮り忘れた!
きっと父は弟や義妹に「お父さん作だよ!」と写真を送ってもらいたかったに違いない。ごめんよーーー。
次回作に期待だ!